これは家の猫のくーちゃん。嵐の夜だったので久しぶりにお家に
入ってくつろぎ中。
くーちゃんは11年前から家の小さなお庭に住んでいます。
彼女は由緒正しい野良猫。
まだ赤ちゃんだったくーちゃんが炎天下の公園で毎日「にゃーにゃー」鳴いていたあの公園にはまるで瓜二つの黒猫野良と、黒縞のきじ猫 野良が何匹もいたことを覚えています。きっと近くに親もいたのでしょうが、どうしてか他 の猫はいなくなり、一匹だけが残っていたのです。
子どもの頃から猫がお友達だった私としてはすぐに我が家にお迎え したいところだけれどでも私が生んだ子は4人のうち3人までもが猫アレルギー!猫を抱 くとたちまち喘息に、鼻炎、アトピー、結膜炎のフルコース。それでも子ども達は毎日「黒い猫ちゃん可哀想。お家に入れてあげ
て」を連発。でも、いくら私でも母親として考えるならNGでしょう…私だって連れ 帰りたいのは山々。仕方なく今は亡きダーリンと毎晩こっそり様子を見に行きながらご 飯を提供。もちろん里親探しも。患者さんに「可愛い猫がいるのよ。顔も良いけど鳴き声が最高なの よ、お家に猫がいたら、ここに治療に来るよりも癒されちゃうよ」なんてことまで言って。でも営業むなしく成果なし。3週間すぎた頃には暑さで子猫も弱ってきています。私も困惑。ところがそんなことを超える出来事が我が家にいえ、私にやってきたの。
9月1日は防災の日のため全国(かな?)の小学校で引き取り訓練 をします。地震が起きると予測された時に警報が発せられるのですが、それが起きたとみなし 子ども達は学校に待機し親がお迎えに来るのを待ち、無事引き取られるまでが訓練に。
11年前の9月1日のこと。私は延ばしに延ばした原稿を貫徹で入 校しその場で床に気絶しました。
しばらくすると当時小2の次女が帰宅。「ただいま」の声が消え入りそう。私は娘に何かが起きたと感じ気絶から目を覚まし「おかえり、どした?何かあった?」と我が子を思う優しいお母さんの声で尋ねてみました。
「ママ、今日はお家にいたの?寝てたの?」
「そうなのよ。原稿の締め切りで徹夜しちゃって」
「そうだったの。あのね、私一人で帰ってきたの…」
「あら、お友達はどうしたの?」
「お母さんと帰ったよ」
「どうして?」
「ああやっぱりママ忘れちゃってたのね。お手紙夏休みの前に渡し
たのよ。今日は引き取り訓練で子どもはみんな親にお迎えに来てもらうの。私ね校庭で一人ずっと ずっと待ってたの。あの公園の黒い猫ちゃんもこうしてお母さん待っているのかな…って考えてた の。黒い猫ちゃんまだ赤ちゃんなのに寂しいね。暑いね。私もそうだったから、寂しいね…」
ああもうだめだ!私の負け。
「猫ちゃん引き取りに行こうか?」
「うん!!」
こうしてくーちゃんは家の子になったのでした。
猫アレルギーはどうしたか?もちろん治りませんよ。みんなでマスクに眼鏡、時には抗アレルギー薬や抗ヒスタミン薬服用しているのだもの。それでもくーちゃんが家に いてくれた方がみんな幸せ。
11年たってお婆ちゃん猫になっても野良気質は変わらず2日間家 で静養したら「世話になったな!あばよ!」てな感じで私たちを眺めニャと言い捨てあっと言う間に外に飛び出し。家に入れる前にお風呂に入れ清潔を取り戻したその折角の黒い毛艶 もむなしく、全身で土にダイブしゴロンゴロンを繰り返し、ばっちくなるけれど。
くーちゃんの気質とずっと一緒にはいられない子ども達の体質は共存する上では不思議と成立している。そんな関係を見ていると、人にも程よい距離感や程よい付き合い方 があるのだろうと、ふと思います。『お互いを幸せにする付き合い方』や距離。これを知ることが出来 たら私たちはもっと自由になるのでしょうね。え?私は出来ているのかって?私はね寂しがりだから、くーちゃん 見ながら練習中なんだよ。今夜のくーちゃんは、私の膝に乗り私の毛繕いをしてくれました。言っとけど毛深くないよ!
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